最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)257号 判決 1997年3月25日
上告人
伊藤勝三
右訴訟代理人弁護士
宗藤泰而
出田健一
前田茂
被上告人
朝日火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
野口守彌
右当事者間の大阪高等裁判所平成六年(ネ)第三三九号退職金支払請求事件について、同裁判所が平成七年九月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人宗藤泰而、同出田健一、同前田茂の上告理由について
上告人は、昭和五四年度以降の賃上げが賃金引上額を退職金算定の基礎に算入しないという留保の下でされることにつき、黙示的に同意していたとした原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、首肯するに足りる。そして、原審の適法に確定するところによれば、(1) 被上告会社は、経営の悪化に伴い、退職金の支給率を引き下げるなどの退職金制度の抜本的改定の必要に迫られ、その従業員で組織された労働組合との間で、昭和四六年一〇月一日付け退職手当規程の改定についての団体交渉を続けており、右改定についての協議が成立するまでの暫定的な措置として、昭和五四年度以降、前記留保の下で賃上げを実施してきた、(2) 上告人が被上告会社を自己都合により退職した昭和五八年三月三一日当時、右退職手当規程においては、本俸の月額に所定の支給率を乗じた額を退職金として支給する旨が定められていたが、既に、被上告会社の給与体系上本俸なるものは存在しなくなっていた、(3) それにもかかわらず、右のような団体交渉が継続中であることもあって、右退職手当規程の改定はされないままであったというのである。これらの事情に照らせば、上告人の退職当時、右退職手当規程の適用上、その抜本的改定についての労使間の協議が成立するまでの暫定的な措置として、退職金算定の基礎とすべき額は、労使間の個別の合意によって補充されることとなっていたものとみるのが合理的である。そうであれば、被上告会社は、上告人との間に成立した黙示の合意に従って、昭和五四年度以降において前記留保の下に引き上げられた賃金部分については退職金算定の基礎に算入することなく、昭和五三年度の本俸の月額を基礎として、これに右退職手当規程所定の支給率を乗じた金額を退職金として支払えば足りるものということができる。原審の判断は、その結論において是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するか、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫)